📖 お月さまが忘れていった、金のクレヨン

お月さまが忘れていった、金のクレヨン 物語

ようこそ、『月灯りの休憩所』へ。管理人のDreamSoulです。

眠る前のほんの少しの時間。
部屋の灯りを落としたあとに訪れる、静かな余白のようなひととき。

今日は、そんな夜にそっと現れた、
不思議なアイテムのお話をひとつお届けします。


🌙 お月さまが忘れていった、金のクレヨン

夜の窓辺に、月明かりがそっと落ちていた。
部屋の灯りは消してあるのに、暗すぎない。
薄い光が床を撫で、カーテンの影をやさしく揺らしている。

私はベッドの上で、ブランケットを肩まで引き上げた。
眠る前の時間は、いつも少しだけ心がほどける。
今日のことを思い出しても、遠い場所で起きた出来事みたいに感じる。
そんな夜だった。

ベッド脇の小さな棚には、読みかけの本と、ガラスのコップ。
そして、見覚えのないものがひとつ置かれていた。
細長い、短い棒。
金色にきらりと光っている。

「……クレヨン?」

指先で触れると、少しだけあたたかい。
ついさっきまで、誰かの手の中にあったみたいに。
私はそれをそっと持ち上げ、明かりの方へかざした。

金のクレヨンは、月の光を吸い込むように輝いた。
派手ではない。
静かなのに、ちゃんと目に入ってくる光。
まるで、夜が持っている秘密の色みたいだった。

私は不思議な気持ちのまま、棚の引き出しを開けてみた。
中には、使いかけの鉛筆と、小さなメモ帳が一冊。
普段は予定を書いたり、思いついたことを短く残したりするためのものだ。

そのメモ帳を開くと、白いページが静かに待っている。
私は金のクレヨンを、ページの上にそっと置いた。
すると、紙の上に小さな光の点が生まれた。

びっくりして、私は息を止める。
けれど怖くはなかった。
光は、柔らかく、あたたかく、
「ここにいていいよ」と言っているみたいだった。

私は金のクレヨンを手に取り、ページの上に線を引いてみた。
きゅっ、と軽い音がして、細い金の線が残る。
線は、ただの色ではなく、
夜の空気をそのまま描いたみたいに、しんとしていた。

もう一本、短く。
もう一本、ゆっくり。
描くたびに、心の奥が少しずつ静かになっていく。

私はふと、窓の外を見た。
夜空には、細い雲が流れている。
その向こうに、月が見えた。
いつもより少しだけ遠く、
それでも確かにこちらを見守っている光。

「もしかして……お月さまが忘れていったのかな」

そう思った瞬間、
金のクレヨンが、手の中でほんの少しだけ温かくなった。
まるで、返事をしたみたいに。

私はページに、小さな丸を描いた。
月の形。
そこから、短い光の線をいくつか伸ばす。
上手じゃなくていい。
きれいじゃなくていい。
ただ、描いている間だけ、呼吸が整っていく。

次のページには、星をひとつ。
その隣に、もうひとつ。
星は、丸でも点でもいい。
金色で描くと、ページの白さの中に、夜のきらめきが生まれる。

描いているうちに、私は気づいた。
今日、言えなかったこと。
今日、飲み込んだ気持ち。
今日、ひとりで抱えた疲れ。
それらが言葉にならずに、体のどこかに残っていたことを。

でも、金のクレヨンで線を引くと、
それが少しずつ外へ出ていくみたいだった。
言葉の代わりに、線が呼吸をしている。
そんな感覚。

ページの端に、小さな窓を描いてみた。
窓の外には、月。
窓の内側には、ブランケット。
ただそれだけの絵なのに、
胸の中が、ふっと軽くなる。

私はクレヨンを置き、目を閉じた。
耳を澄ますと、どこかで風の音。
遠い車の音。
そして、自分の呼吸。

吸う。
吐く。
吸う。
吐く。
夜はそのリズムに合わせて、静かに寄り添ってくる。

もう一度目を開けると、
金のクレヨンの先が、少しだけ短くなっていることに気づいた。
使った分だけ、月明かりがページに残ったのだろう。
ページの上の金の線は、まだ淡く光っている。

私は、そっと窓の方へクレヨンをかざした。
月の光とクレヨンの光が、重なる。
すると、クレヨンの表面に、小さな文字が浮かんだ気がした。

「夜を描いたら、よく眠れるよ」

声ではない。
でも、確かにそう伝わった。
私は小さく頷く。

「じゃあ、もう少しだけ」

最後のページに、一本だけ長い線を引いた。
ゆっくり、ゆっくり。
線はまっすぐではなく、少し揺れている。
でもそれが、今日の私のままの線だった。

金のクレヨンを枕元に戻すと、
さっきより少しだけ冷たくなっていた。
役目を終えたみたいに、静かに落ち着いている。

私はメモ帳を閉じ、
ブランケットを胸の上まで引き上げる。
部屋の中は、さっきより穏やかだった。
金色の線が、見えないところでまだ灯っている気がする。

窓の外の月は、変わらずそこにある。
忘れ物をしたくせに、
なにも焦らず、ただ静かに光っている。

「また、今度返すね」

私は心の中でそう言った。
返す日は決めない。
決めなくていい。
夜はいつでも、ここにあるから。

まぶたが重くなる。
眠りが、足音を立てずに近づいてくる。
最後に思ったのは、
金のクレヨンの線が、
今日の疲れをやさしく包んでくれたこと。

そして私は、
月明かりの中で、
静かに、静かに、
眠りへと沈んでいった。


🌙 あとがき

夜の時間は、ときどき言葉にならないものを抱えたまま過ぎていきます。
そんなとき、無理に整理しようとしなくても、
ただ何かに触れたり、静かな時間を過ごすだけで、少しずつほどけていくこともあります。

描くこと。感じること。
そして、そのまま眠ること。

今夜もまた、やさしい夜でありますように。

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